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和食が無形文化遺産に。(久永)

 先日、『和食』がユネスコ無形文化遺産に登録されることが決まったというニュースが日本中を駆け巡りました。

『和食』の定義って何でしょう。牛丼やカレーなどの日本食チェーンが海外進出を進める中で、外国の人が、昆布や鰹節で丁寧にひいた『おだし』や、納豆やぬか漬けなどの発酵食品を口にし、『これが無形文化遺産に登録された和食の味だ』と理解することができるのでしょうか? 私も、タイ料理やベトナム料理、韓国料理など、大好きでよく食事に行きますが、冷静に考えると、『これは、実は、本場の味ではなく、相当日本人好みの味に変えられているのでは?』と思うこともあります。ならば、本場に行って確かめてみなくては!! それが、自分の口にあうかどうかは別として、その国の料理(=文化)の歴史や作法を理解し、敬うことが大切な気がします。その国の人が、自国の料理を誇りに思い、大切に継承していこうと努力さえしていれば、無形文化遺産に登録されようがされまいが、問題ではないような気がします。

 とてもスケールの小さな話になりますが、私は、小学生のころから、学校から帰った母(母は小中学校で教鞭をとっていました。)と一緒に台所に立ち、毎日、お互いの学校であった出来事を話しながら、夕ご飯のお手伝いをしたものです。そこで、おだしのとり方や、野菜やお肉、お魚の下ごしらえの仕方を覚えました。和食の板前さんから見れば、はたして母の技術は正しいものであったかどうかは分かりませんが。時間が無い中でも、もやしの根っこをきちんととったり、鳥もも肉にたくさん残っている筋や黄色い脂肪を丁寧に取り除いたり、当たり前のことですが、家族に美味しい物を食べさせたいという気持ちでお料理することの楽しさを受け継ぐことができたと思っています。

 どんな国の人も、自国の食文化、自分の母の味が一番だと思っているはず。だって、毎日毎日それを食べて育ち、生きているのですから。『食』だけに限らず、日本の文化が正しく世界の人々に理解されることを願うと同時に、他国の本物の『味』や『文化』に敬意をはらい、触れることができればいいなあと思います。