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好きな場所(押尾)

はじめまして。

1月より静岡事務所に入社した、押尾 卓耶(おすお たくや)です。

 

今回は一番好きな場所について書きたいと思います。

 

 

 

一番好きな場所はヤマハスタジアムです。

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ここには、夢と感動が詰まっています。

 

 

このスタジアムの魅力を3つ紹介したいと思います。

 

まず1つ目は、とにかくかっこいいということです。

 

スタジアム正面は統一感のある配色で左右対称のデザイン、夜になると

「YAMAHA STADIUM」の文字がライトアップされます。

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スタジアム内もサックスブルーで統一された座席、ホームゴール裏はプレミアリーグのスタジアムを彷彿させるデザインになっています。

 

まさしく、日本の「ホワイト・ハート・レーン」です。

 

2つ目は、サポーターが温かいということです。

 

過去のこのスタジアムで応援していた選手が対戦相手として帰ってきた時もブーイングではなく、温かい拍手で迎えます。

はるばる遠くから来場した相手サポーターにも、温かい拍手がおくられます。

そして、よくも悪くも、どんな結果でも試合後、応援するクラブに拍手がおくられます。

 

3つ目は、とにかく見やすいということです。

 

日本の多くクラブのスタジアムにはトラックが併設しています。

過去に日産スタジアム横浜国際総合競技場)にクラブワールドカップの決勝を見に行ったことがありますが、最前列に近くてもとにかく遠く、選手の判別が難しいです。

イギリスからはるばる来日したチェルシーサポーターもゴール裏で、ピッチに背を向けて、ゴール裏のオーロラビジョンを見ていました。

 

ヤマハスタジアムは、フットボール専用スタジアムなのでトラックはありません。

最前列からピッチまでは2mくらいなので、最前列に座れば、選手に指示を出している気分になれます。(実際、毎試合最前列にメガホンをもって、座っている方もいます。)

また、他のサッカー専用スタジアムに比べて、スタンドの傾斜がきつく、安全面に不安はありますが、上部の座席でも、見やすくなっています。

Jリーグベストピッチ賞の受賞をしたことはありませんが、水はけもよく、一年を通してじゅうたんのようなきれいな芝生を見ることができます。

 

来場された各クラブのサポーターから、帰りに羨ましいという声をよく聞きます。

間違いなく日本で最も見やすいスタジアムの一つです。

 

 

次に、このスタジアムでの思い出について3つ書きたいと思います。

 

1つ目は2009年11月28日Jリーグ第33節、対サンフレッチェ広島です。

 

この試合は中山雅史がこのスタジアムのプレーする最後の試合ということで、試合前からサポーターのボルテージが高かったです。

中山雅史といえば、中学校のサッカー部の偉大な先輩ということで、自分の中のアイドルの一人だったので、いろんな感情を抱いて、スタジアムにいきました。

後半37分、イグノに代わってピッチに入った瞬間のスタジアムの雰囲気は、中山雅史のためにこのスタジアムがあるんじゃないかと思わせる異様な雰囲気に変わりました。

後半40分、左サイドからのセンタリング、中山雅史の代名詞といえる打点の高いヘディングシュートを放ちますが、ミートできず、ゴールの枠を外れました。

全盛期の中山雅史なら確実にミートして枠にもっていき、ゴールができたと思いましたが、非常に残念でしたが、スタジアムが一体となった瞬間でした。

このスタジアムが一番似合っている男が去っていく試合でした。

 

2つ目は2008年11月26日天皇杯5回戦、対ガンバ大阪です。

 

この試合は名波浩が、公式戦出場が最後になった試合です。

名波浩は自分にとって最大のアイドルである、影響を受けた選手の一人です。

左足を練習するようになったのも、股抜きをするようになったのも、プレースタイルも、「7」に強いこだわりをもったのも、名波浩の影響です。

実は名波浩を公式戦で見たのはこの試合が最初で最後でした。

移籍していた時期や怪我の影響でスタジアムに行ってもプレーを見ることはできませんでした。

引退も決まっていましたし、先発で出るという情報も聞いたので、名波のプレーを目に焼き付けたいと思い、スタジアムへ行きました。

試合開始早々、左サイドでボールを持つとファーストタッチでゴールを向くと、左足で一度キックフェイントを入れると、軸足をくくっと方向を変えて、スルーパスを出しました。これが起点とり先制点が生まれました。

自分がこれまで真似してやり続けてきたプレーが見ることができて、感動しました。

 

3つ目は2008年12月13日J1J2入れ替え戦第2戦、対ベガルタ仙台です。

 

この試合は、今まで見た試合で間違いなくベストゲームです。

チケットは即完売、試合前から空席を見つけるのが難しい来場状況、互いのサポーターのボルテージはマックスで異様な雰囲気でした。

試合が始まっても、1プレー1プレーで大きな歓声が沸く、スタジアムが完全に一体となっている、今となってはとても不思議な光景でした。

そして、後半アディショナルタイムに仙台に猛攻にあい、あと少しで残留が手元からすり抜けるんじゃないかと心臓に悪い数分間は今でも忘れません。

 

 

次にこのスタジアムをホームグラウンドとするクラブについて言及したいと思います。

 

これまで数多くのタイトルを獲得してきた日本で最も成功したクラブの一つです。

Jリーグクラブで初めてアジアを制し、初めてファーストステージ、セカンドステージを制し、年間王者にもなりました。

数多くの代表選手を抱え、他のクラブには外国籍選手がチームの中心にいるなか、2001年後期から2002年のチームはスタメンが日本人だけで、純国産にしてJリーグ史上最強と言われています。

そんなクラブが現在の状況になってしまったのは、2004年以降のクラブ経営のブレやフットボールクラブにあるまじき、経営の効率化が原因にあります。

短期的な成果を求めて、選手を獲得し、経営を圧迫し、それを補うために、ベテランを放出する、長期的なビジョンがなく、選手が育たない、まさしく悪循環が生じました。

しかし、2009年に就任した社長は明確なビジョンを示して、再建へと向かいましたが、親会社の体質からクラブが脱却できず、不可解なタイミングでの社長交代をしてしまい、現状になりました。

 

現状はJ2での苦しい戦いが続いています。

5年前からJ2の中継を見ていますが、やはり難しいリーグです。

格下のクラブは、なんとか上を喰ってやろうと高いモチベーションできます。

対するクラブは、毎試合決勝戦を戦うようなイメージでいなくてはなりません。

戦い方も徹底的にロングボールを放り込んでくるクラブや、ハードワークを惜しまないクラブがほとんどで、毎試合高い集中力がなければ、やられてしまいます。

またJ2には多くの才能が埋もれています。

ブラジルワールドカップ日本代表メンバーのうち半分はJ2での戦いを経験した選手です。

また世界的な外国人選手でもJ2での戦いを経験して、世界的な選手になった選手もいます。

 

しかしどんなに難しいリーグでもこのリーグを勝ち抜かなければ、本来クラブがいるべき居場所、あるべき姿に辿りつくことはできません。

J2を勝ち抜いたクラブのうち、現在J1で優勝や優勝争いの中心にあるクラブもあります。

ここを勝ち抜いたという経験は確実に将来につながります。

 

このクラブの明るい未来のため、かつてのような常勝軍団に、そして前回のように一時期ではなく、永続的に常勝軍団になるために、この厳しい戦いを勝ち抜いてほしいと思います。

そして、ユニフォームの左胸につけられた三つのステラ(星)の意味をもう一度認識してもらいたいと思います。

 

個人的な話になりますが、クラブが優勝、優勝争いをしている時代に中継を見ることはあっても、スタジアムに行ったことはありません。

いけるようになったのは、自分で収入を得られるようになってからです。

つまり、クラブが下降気味のスタジアムしかしらないということです。

なので、優勝や優勝争いしている雰囲気をスタジアムで味わいたいというのが希望です。

 

 

最後になりますが、このスタジアムでの「夢」について書きたいと思います。

 

スタンドで観戦していると、満員のスタジアムであのピッチの上でプレーしたいという気持ちになります。

しかし、年齢的なものを見ても、今からプロのサッカー選手になることは難しいです。

なので、今後誕生するであろう自分の子供たちが、背番号7や9を付けて、ピッチに立ち、節目の記録の時に花束の贈呈でピッチに立てればと思います。

 

長文になりましたが、閲覧ありがとうございました。